注文の多い内科医院

人間ドッグ
街を歩いていたら、「人間ドッグ」と書かれている看板を見かけた。いつもの見間違いかと思ったのでまじまじと見つめたが、確かに「人間ドッグ」と書かれてある。しかもその看板は内科医院のもので、「内科/泌尿器科/胃腸科/人間ドッグ」と言う風にでかでかと書かれてあったのだった。
人間ドッグ」と言う間違いは、たぶん「ッグ」で終わる英語が発音し辛いため、実際喋っている時は半ば以上「ック」と発音するクセが日本人にはある、と言う事が逆に作用した結果だろう。恥ずかしいから「ショルダーバック」「ミスタービック」「ホットドック」などと書いてしまわないようにしよう、と言う意識が働き過ぎて、「人間ドッグ」「ビッグカメラ」と書いてしまうのに違いない。その内科医院の看板をぼんやりと見上げながら、そんな事を考えた。
だが、本当にそうだろうか。この看板が単にそういう間違いの元に描かれたと言う保証はなく、ここは人間ドックをすると見せかけて実は人間ドッグの施術を行うところであるという可能性は排除できない。看板の違いに気付かなかった人や、まさしく俺のような推測をした人を呼び込んで行われる人間ドッグ。分娩台に犠牲者を固定し、前部前頭葉切截術を施したのちに脳内に何かを埋め込み人間ドッグ化する。社会的地位が高く、なおかつ少々特殊な趣味嗜好を持つ人たちがしばしば連れを伴って訪れる内科医院。
……。
俺も、理系に進めば良かったかもしれない。

Downy/無題(Live+DVD)  (ASIN:B0009XE6WQ)

昨年末に活動休止したDownyの置き土産(と言うにはちょっと出るタイミングが遅いが)、50分程のライヴCDと40分ほどのPV+ライヴ映像のDVDの二枚組。
まず、ライヴアルバムについての感想を。昨年の4thアルバムからの曲を中心に、それ以前のアルバムからも代表的な曲を挟んだベスト的とも言える選曲。プロダクションはスタジオ盤と概ね似たような感じだが、幾分ヴォーカルが音像の前に出ており、声とメロディの美しさに耳がゆくような音作りになっている、と思う。スタジオ盤と同じくバンドサウンドはとことん硬質であり、物理的・音圧的なヘヴィネスが極端に突き詰められているが、それと同時に二本のギターとヴォーカルが作り出すサイケデリックで多層的な音の波に聴き手を溺れさせる手練手管も非常に巧み、言うか業が深い。各々の楽器とヴォーカルの強靭なアンサンブルには圧倒的な迫力があり、相変わらずどこか無機質でありながらライヴならではの熱気がしっかり篭められている、と言うのはとても良いと思う。
スタジオ盤とライヴで、曲ごとにニュアンスが微妙に異なっているのが聴いていて面白かった。#1「Underground」や#8「野放し」、#11「猿の手柄」辺りではさほどの違いは見られないが(初期の曲は、細部のアレンジは異なる)、#3「弌」#6「Δ」#10「左の種」はブルータリティに拍車が掛かっており、一方で#9「黒い雨」はスタジオ盤の破壊的なグルーヴがやや抑えられている代わりに耽美でたおやかなヴォーカルとギターのコンビネーションが強調されている感じ。最もライヴならではの格好良さが露わになっているのは#4「Fresh」で、サックスの代わりに頭のネジが数十本まとめて吹っ飛んでいるかのような凶悪そのもののギターソロが聴けるし、曲中間のポリリズムは不条理さを増して聴き手に迫って来る。この曲は明らかに本作のライヴテイクの方が良いと思う。また、4枚のフルアルバムに収録されていない#7「安心」は他の曲と明らかに表情が異なる、極めてストレートかつハードコアな曲。ヴォーカルのスタイルにしてもこの曲のみ叩き付けるような激しいもので、他の曲の暗黒プログレとはまた別種のパンキッシュな攻撃性を持つこの曲もまた痺れるくらい格好良い。
DVDの方だが、一応PVとライヴが分かれているものの、そもそもメンバーに映像担当がいてライヴにおいても映像を常に重ねていたバンドなので、実はPVとライヴ映像の間にそれほど大きな差がない。#1〜3「弌」「Δ」「underground」は抽象的でサイケデリックな映像をメインとしたPVで、この映像が曲のイメージに実に良く合っている。剥き出しの鉄骨、廃工場、鉄線、得体の知れない生き物の内臓を映し出したかのような脈動、そう言ったモチーフが矢継ぎ早に現れる映像はいずれも荒涼として寒々しく、曲が持っている冷たさを見事に増幅するもの。#4〜8「Fresh」「漸」「安心」「左の種」「猿の手柄」はライヴ映像なので演奏している姿がメインだが、やはり実際のライヴでも使われていた映像が重ねられていて、場面によっては#1〜3のPV以上にPVっぽかったりもする。派手なアクションをするバンドでもないので観ている限りは淡々と演奏が進む感じだが、動きが少ない分だけ異様に集中力が高まっている様が見て取れて、やはり格好良い。
総じて、発表するタイミングは少々逸しているとは言えライヴ音源を今改めて出すだけの価値と必然性がしっかり感じられる優れた内容だと思う。元から好きだった人には文句なく勧められる内容だし、今まで聴いたことがなかったけれども興味がある、と言う人がまずこのアルバムから入っても良いかも知れない。CDとDVDの二枚組で3200円とコストパフォーマンスも高く、そういう意味でもお勧め出来る作品。

Downyの4枚のアルバムについて

本来今日はDownyのライヴアルバム+DVDを買うという大きな目標があったのだけれども、忌々しい台風のせいで家の外から出られず、買えないのがたいへん腹立たしい。仕方ないので、その代償行為としてDownyが今までに発表した4枚のアルバムを総ざらいする事にする。まあ、こないだボラで青木氏のイカれたギタープレイを改めて目にした事もであるし、タイミングとしてはちょうど良いのかも知れない。


ブレイクビーツっぽい人工的な匂いのする硬質なドラム、超重量級のベース、繊細なアルペジオもベースとユニゾンする陰惨リフもシューゲイザーな轟音ノイズもやってのけるツインギター、美しい声ではあるが不安定なメロディと歌い方はどう考えても神経症気味なヴォーカル。Downyの音楽を構成する要素は、概ねこんな感じ。道具立てはあくまでも今様で、土台にはポストハードコアやブリストルサウンドRadioheadがあるのは間違いないが、その一方でやはりクリムゾン的な何かが根深く巣を張っているとしか思えないところも多い。なので、まあ機会があるたびに言っている事だが、北欧ヘヴィシンフォ/ヘヴィサイケがツボに来る人は普通に聴ける気がするし、その一方でThe Mars Volta以降の流れと一括りにして捉える事も出来なくはないと思う。



■無題 (2001年/ASIN:B00005HYCU)
1stアルバム。以降のトータルアルバム的な空間構築力、音の広がりや奥行きの深さはここではさほどでなく、抑えるところでは徹底的に抑えてここぞというポイントで一気に爆発させる、と言うスタイルもまだ完成していない。#10「猿の手柄」のような明るくキラキラした曲があったり、ラウドロック的な#5「左の種」があったり、と曲のタイプにしてもリフでゴリ押しするだけでなく幅が広く、異様なところは随所に見えるもののまだ普通のロックバンドの範疇内に留まっている。だが、初期衝動を加工し過ぎずにぶつけるパンキッシュな力強さ、不純物の多いノイズ成分の荒々しさ、得体の知れないダークな狂熱は本作が4枚中一番強いとも思う。3rdでリメイクされている「酩酊フリーク」は、個人的にはこの1stに収録されているバージョンの方が好き。


■無題 (2002年/ASIN:B0000641LQ)
2ndアルバム。自分がDownyを聴いたのは本作が初めてだったのだけれども、とにかく衝撃を受けた一枚。冒頭の#1「葵」の疾走感が凄まじく格好良く、#3「黒い雨」のあまりに鮮烈な静と動の交錯にも尋常でないインパクトがあった。抑制と暴発を自在に操りつつ、刃物のように鋭いドラムと凶悪なベースリフの執拗な反復によって曲を形作るスタイルが確立されて、暗鬱なヘヴィネスとサイケデリックな浮遊感の融合が異様極まりない音風景を描き出す。音数はかなり多く、ギターノイズも音像いっぱいに広がっているのに、音と音の隙間を聴き手に強く意識させるような独特の音作りと、ギターのどこか日本的な侘しさと静けさを感じさせるフレーズが寂寥感を呼ぶ、傑作。眩暈を起こしそうになるほど覚醒的。


■無題 (2003年/ASIN:B00008VH69)
3rdアルバム。4枚中もっとも静かで、そして少々地味なアルバム。1stのような楽曲単位での良さも、2ndのようなダイナミズムも薄く、ある一定のトーンを保って淡々と曲が進行するような、聴いているとどんどん気分が沈み込んで行ってしまうような手触りがある。そういう意味では4枚のうちで最もディープな憂鬱さをたたえたアルバムである、と言えるかも知れない。トリップホップの影響が色濃い#1「鉄の風景」、Tortoiseのような#8「月」も良いが、切なく儚げなワンフレーズがずっと繰り返される#3「抒情譜」、そしてメロディが本作中で最も良く、物憂げなベースラインがどこか艶やかな#7「苒」辺りが気に入っている。メロトロンめいたギターワークは何とも美しいが、非常に退廃的で暗い。


■無題 (2004年/ASIN:B00028XD18)
4thアルバム、にして実質上のラスト。手触りとしては1stの多様性を2nd、3rdで培った空間表現でブーストした、と言えなくもないつくり。アルバム全体の統一感はしっかり維持しつつ再び様々なタイプの曲が収められているし、メロディも幾分解りやすくなった。従って今までで最もキャッチーだが、それと同時に今までで最もブルータルにしてヘヴィメタリック。凶暴そのもののバンドサウンドが完全に統制を保ったままで荒れ狂い空間を捻じ曲げる様は見事にクリムゾン的でありながら、正真正銘のオリジナリティを備えている。欝ダンスロックの#4「サンキュー来春」、とんでもなくヘヴィかつ捻れたリフを持つ#1「弌」は突き抜けた名曲だが他の曲も全部優れており、こんなのを作ってしまったら活動休止になっても仕方ないかも知れない、と思えるくらい凄まじい。



何にせよ、とても好きで、なおかつ思い切りお勧め出来るバンドの一つなわけです。興味のある方は、やはりまずは4thアルバムを聴いてみれば良いんではないかと思う。
公式サイトはこちら。試聴できたりPVを観られたりするので、是非どうぞ。

tabaccojuice/青い鳥

日本の3ピースバンドのミニアルバム。ヴォーカルの声質は線の細いギターロックの手触りを持っているが、フォークやブルーズ、レゲエの影響を色濃く受けてもいて、譜割りやメロディ遣いにちょっと独特なものがある。リズム隊がまた、そんな風に一癖ある歌やメロディと良く合う骨太で心地良いリズムを出していて、ぼんやりといつまでも聴いていたくなるような感じなのだった。もう少し埃っぽく煙っぽくなれば更に旨味が出てきそうだが、これは確かに良いなあ。未熟を切り売りせず、洗練を押し売りせず、泥臭くてヨレヨレだがどこか洒脱なのがいいし、マニアックになり過ぎない確かなポップセンスを持っているところも好印象。玲葉奈なんかに通ずるところもある気がする。

このとき既に祖父は一杯やっていました

夕飯後。
祖父と祖母と俺と、三人で台風関係のニュースを見ていたんだけれども、
「明日は小中学校も休みになるらしいけんねえ」
とテレビ画面を見ながらの祖母の発言を受けての、祖父の一言。
「小中学校、っちゅうけんあっちの方のショウチュウかと思った」
……。
実は俺もちょっとだけ同じ事を考えた。



皆さんも、台風には十分の注意を。