Facing New York/Facing New York  (ASIN:B000A281NQ)

スクリーム+エモがScreamoだから、プログレ+エモならばProgremoになる。と言うのはまあ単なる言葉遊びだが、繊細で甘くて明快なメロディとノイジーだがアクのないバンドサウンドを骨格とする「エモ」と呼ばれるバンドたちと共通する音楽的地盤に片足を置き、もう片足はかつてのプログレッシヴロックの領域に置いて……と言うバンドは、The Mars Volta以降増えて来ていると思う。本作はまさにその図式にぴったり当てはまる音を鳴らすアルバムだが、類型的なようでその実とてもユニークな音楽性を持っている、と思う。
どこがユニークなのかと言うのはなかなか説明し辛いが、一言で言えば他にない寓話性を持つ音だ、と言う事になると思う。ロマンティックで幻想的で、音楽の輪郭を敢えてぼやけさせて全てを語り尽くさない謎めいたところがあって、シニカルだが柔らかさも持ち合わせている。そんな空気を纏い、この世でないどこかの話をしているようで、実はとても現実的な事を語っている。そういう感じ。
はっきり言ってしまうと、本作は「Foxtrot」「月影の騎士」辺りの、初期Genesisをそのまま現在のアメリカに引き継いできたような雰囲気を持っている、と感じた(流石に、あれほどエキセントリックだったり不条理だったりはしないが)。専任キーボーディストがいる編成で、特にキーボードのスペイシーだが暖かみのある音色の選び方やフレージングにその辺りの影響が色濃く現れている気がする。確立された方法論をなぞればある程度それらしい色合いが出るKing CrimsonやYes、Pink Floyd的要素と異なり、Genesis的な何かとは空気とかムードとか、そういう言葉でしか表現出来ない非常に曖昧なもので、狙ってもなかなか出せるものではない。だから、本作は醸し出している雰囲気ただそれだけでも特別で、価値のあるものだと思う。
それでいて、雰囲気やムードの良さに依存したアルバム、と言う訳でもない。出している音の一つ一つはポストハードコアの空気をも十分に吸ったもので、いま現在のロック音楽として必要なヘヴィネスとラウドネスがきちんと備わっている。ツインギターとキーボードを有機的に絡み合わせて華麗で重層的な空間を作り出す手練手管も堂に入っていれば、変拍子を取り混ぜつつも基本的には割と真っ直ぐに迫るリズム隊のキレ味もなかなかのもの。コンセプトアルバム、と言うわけではないようだがアルバムの最初から最後までが通しで聴かれる事を明確に意識した流れがあり、楽曲単体ではなくアルバム全体で起承転結を作り出そうとしているのがはっきり解るところも思い切りツボだし、それに何と言っても透明感のある声で滔々と語るように歌われるメロディの流麗さ、美しさが実に素敵。プロローグ的な位置付けである#1「We Are」のこれから何かが始まるという雰囲気たっぷりのコーラス、#3「Cutting My Hair」のあまりに切ない歌声とメロディ、ややトリッキーなリズムに合わせて徐々にテンションを上げて行く#6「Flagstaff」、「We Are」のリプライズである#11「Paper Shepherd」辺りのメロディは流れるようにスムーズでありながらインパクト十分だし、宇宙空間をゆるゆると漂っているような孤独感が印象的な#5「Apple Sugar Cider」も、クライマックスで一気に畳み掛ける#9「Fly On The Wall」と#10「Butterfly Clock」の2曲もいい。中でも、#4「Full Turn」で、これはくるくると表情を変える曲展開の妙と仄かな悲壮感を漂わせたメロディの魅力が完全に合致した素晴らしい名曲。3拍子のキメを延々続ける辺りは痺れるほどスリリング。
何から何まで自分の好みにずっぱりハマっている一枚ではある。だが、個人的な好みを抜きにしても、寄る辺もなく夜空を彷徨う切なさと地面をしっかり踏み締めて一歩を踏み出す勇敢さとがないまぜになった優しさ、巧みな空間表現とストーリーテリングが生み出す壮大なスケール感は非凡の一言、1stにして傑作。


トノヅカさんのここここ辺りの記述も是非どうぞ。と言うか、これを読んで買ってみたら大当たりだった、と言う。こういう引きの強い文章が書けるようになりたいなあ。