Nobody/And Everything Else...  (ASIN:B000808Z18)

これはいい。実に素敵だなあ。何と言うか、本作はそうやってしみじみ頷きながら聴き入りたくなるようなアルバムなのでした。良くも悪くも自分としては珍しいものを聴いているのだけれども、慣れないものを聴く時特有の居心地の悪さは全然感じないし、ちょっと身を入れて聴こうかと言うような気構えも一切必要ない。音楽を知り抜いたた人の愉しみ、のようなものがごくごく自然に、嫌味なく伝わってくるのもいい。エルヴィン・エスティラと言う人のソロプロジェクト3枚目、無論自分が聴くのは初めて。Flaming Lipsをカヴァーしていたり(#2「What is the Light?」)、Prefuse 73と共作していたり(#12「Siesta Con Susana」)、と話題性もあるようで、確かに知っていればより楽しめるのかもしれないが、知らなくても何も問題ない(と言うか、俺自身この感想を書くために調べるまで何も知らずに聴いていた)。
ヒップホップがあくまでも土台、なのだと思う。ヒップホップの図太い、だが疎密の使い分けをしっかり心得たビートの上に、薄布を丹念に重ねて微妙な色合いを出すかのように種々の音が被せられている。音と音の積み重ね、構築はどこまでも美しくて、たおやかな電子音が作り出すフレーズや残響は柔らかくて暖かく、神経に驚くほどスムーズに吸い込まれてゆくし、隅々にまで注意が行き届いている音像は聴いていて本当に心地良い。こういうものを作るにはごく個人的で膨大な作業が必要なのだろうと思うが、何となくその作業工程を見てみたくなる。妙な喩えだが、こぢんまりとした庭を手入れしているのをぼんやり眺めている時のような。作り出されるもの自体の美しさもさる事ながら、こんないいものを作り出す過程もまた見る価値があるんだろうなあ、と思える。そんな感じ。
ただ、本作はヒップホップ+エレクトロニカ、と言う態だけで出来ているのではなくて、音の根底にはもっと親しみやすいポップ感覚がある。ゆらゆらと浮かんでは消える歌声だったり、たまに聞こえるギターの音色だったり、幾重にも重なった音の層がゆっくりと紡ぎ出すドリーミーなメロディだったり、そういうもの全てに雄弁な歌心がある、と言うか。どの音が中心でどの音が周辺かをその瞬間その瞬間で微妙に変えながら、少しずつ揺れる音の重なりを聴き手にすごく解りやすく見せている感じ。その揺らぎ、広がりが心地良く、ヘッドフォンで聴いていれば聴覚と視覚をやさしく侵食するサイケデリックな手触りになるし、スピーカーで聴いていれば柔らかくも空間を染め抜く力の強い音の層が周囲をカラフルに覆い尽くす。ずしりとしたビートは、人に圧迫感を与える低音成分を注意深く取り除き、快感だけを抽出している。
音の鳴りだとか、ビートの細密さだとか、とかく「音」それ自体の魅力を提示する種類の音楽は敷居が高い、と言うイメージが自分にはあるのだけれども、これは単にぼんやりと聴いているだけでもものすごく良い。先鋭的な手法が幾つも使われているいるのだろう、古今東西の音楽に精通しているからこそ作れるのだろう、と簡単に想像出来るような繊細で緻密な音だが、秀でた部分を高らかに誇ったりせず、ただただ心地良さを追求している姿勢は、まさしくポップそのものだと思う。どの曲も基本的に短く、くるくると表情が44分間ずっと変わり続けるのもいい。お勧め。



余談。
このアルバムのジャケはこんな感じで同心円を描いたものなんだけれども、これを見てトノヅカさんのこの記述(コメント欄につらつら書いているほう)を思い浮かべた。「You and Me」のジャケと本作のジャケは確かに似ている。同心円は、とりあえず目の前にあるもの全部ひっくるめて取り込んでそれから考えようか、と言うような価値観のシンボルなので、サイケデリック的な何かとは相性がいいのかも知れない。いずれにせよ、ジャケットのデザインもたいへん素敵です。