kamomekamome/kamomekamome  (ASIN:B0009OASGS)

元ヌンチャクのヴォーカル、向達郎とOceanlaneのサポートドラマー、嶌田政司が結成したバンド。と言うこのバンドの経歴を聞いても、ヌンチャクとOceanlaneの音楽性に共通するところがないために一体どんな音なのか推測し辛いが、どんな想像をしてもこのバンドが実際どんな事をやっているかには及ばないと思う。つまり、想像を絶する音が篭められていると言う事で、本作には何とも形容し難い異形の音塊がブチ込まれている。いびつで破壊的で壊れ果てているが、美しいと認めざるを得ない瞬間が幾つもある。
二本のギターが繰り出すリフは、時に幾何学模様を描くように複雑で、時にクラシカルで繊細。シューゲイザーやポストパンクを通ったと思えるギターの鳴りは、諸刃の剃刀のような鋭さと脳内を埋め尽くすうねりと奥行きを兼ね備えた凶悪なもの。リズム隊も非常に強力で、ギターに低音成分があまり無いため音像のボトムで不穏な動きをするのがとにかく目立つベース、フィルの入れ方や前のめりに突っ掛かるようなタイム感が独特過ぎるドラムのコンビネーションが、これでもかと言うくらい変拍子を多用しながらツインギター有機的に、或いはメカニカルに絡み合って複雑怪奇かつ変幻自在な展開を叩き出す。バンドサウンドだけでも相当に常軌を逸したテンションの高さだが、その上アルバムの随所で高速の四つ打ちリズムを差し挟む事によって、ますます他のどこにもない異様な音風景を打ち出してくるのが大きな特徴。変拍子を使い倒す曲構成と四つ打ちと言うのは普通に考えれば正反対の手法だが、その二つを完全に融合させてしまっている。どう考えても噛み合うはずのない要素が絶妙に絡み合い、鋭すぎる轟音を絶えず吐き出し続ける様はとてつもなく格好良いし美しいし、何より本作には絶対的なオリジナリティが備わっていると思う。
これに近いカオティックな音楽性を持つバンドのヴォーカルには、金属的なハイトーンだったり絶叫だったり、或いは虚ろに浮遊する脱力した歌い回しをする人が多いように思うが、本作のヴォーカルはそれらのどのタイプにも当てはまらない。向達郎の声質は、ソウルフルと言う感じともまた少々異なるが男っぽい深みと艶があって柔らかく、そんな声で歌われるメロディはと言えばフォークを思わせるような寂寥感とキャッチーさを持つ解りやすいもの。複雑極まりないバンドサウンドとそれに乗るメロディのとっつき易さもまた真逆だが、破綻一歩手前のギリギリのところで驚異的にバランスが取れている。#1「ハミングエンバーミング」、#2「病棟駆ける息」、#7「本当の名前」辺りの短い曲ではキャッチーさと複雑さの釣り合いが特に良く、強烈なフックを持って聴き手に迫って来るが、やはりと言うか何と言うか、本領発揮となるのは長尺の曲。打ち込みのリズムが生演奏よりも前面に出る#4「あの人のパレード」から、リズムとシンクロして言葉が叩き込まれるスピード感が凄まじい#5「コピーアンドペースト」、(無茶な喩えではあるが)美狂乱を2005年仕様にアップデートした上で限界までブーストしたかのような#6「秘密のテープ」と、長めの曲が3つ続く中盤の流れは聴いていて唖然としてしまうくらいの意外性や攻撃性がこれでもかと言うくらい封じ込められているし、極めてトリッキーなリズムと四つ打ちの対比が本作中でも特に格好良く、混沌とした曲の途中から陽光が突然降り注ぐように弦楽器とピアノのアンサンブルが現れる#8「巻き戻らない舌」もエキセントリック極まりない出来。
憤りと疲労感と諦念と優しさが混ざり合い、アングラ文学的でどろりとした暗さと切なさを感じさせる歌詞もまたこの音楽性にはぴったりとハマっている。歌詞、メロディ、ヴォーカル、バンドサウンド、打ち込み、アートワークに至るまで全てに強固な統一感があって、他のどこにもない世界観が巨大な存在感を持って聴き手に立ちはだかる感じ。病んだ人間の心象風景をそのまま細密に描き出したかのように内省的であり、それと同時に衝動と攻撃性を解き放って目の前のもの全てを切り刻むかのように破壊的でもあり、その相反する要素が混在するバランスがどこまでも美しい衝撃的な一枚。犬式の「Life is Beatful」と並んで、今最もたくさんの人に聴いて欲しいアルバムです。