Bonobos/Electlyric  (ASIN:B0008EMLGY)

一聴して前作「Hover Hover」から確実にステップアップした、と言うのは感じられた。耳残りが良いメロディが増えたし、曲ごとの輪郭もはっきりしてきたと思う。元々レゲエ/ダブがベースにある音楽性だが、そのルーツをより明確に打ち出しいるところもあれば、そこに留まらずにポップスとしてのキャッチーさも磨き込まれているような、そんな印象を受ける。
Electro+Lyrical、と言うタイトルが示す通りで、基本的に生のバンドサウンドで楽曲を構築していた前作と異なり、全面的に打ち込みの音が被せられている。これが非常に効果的で、優しげな浮遊感や幻想的でどこかセンチメンタルな色合いがじつに上手く出ていて、楽曲が持っている世界観が耳にとてもスムーズに入り込んで来る。打ち込みと言ってもバンドがもともと持っている暖かみを削ぐ事なく、空間の広がりやクールな手触りを付け加えているのがとても良い感じ。また、リズムにもところどころで打ち込みが付け加えられているが、これがリズム隊の音をくっきりと浮かび上がらせる効果も持っているようで、メリハリがあって適度な重さのあるリズムが前作以上に心地良くなっているのもすごく好印象。生音のみでなくなったと言っても持ち味を殺さず、むしろ前作以上にナチュラルでオーガニックな手触りさえ感じられる辺りは、プロデューサーとしてクレジットされている朝本浩文の手練の仕事だと思う。バンドの魅力が前作とはまた別の角度から、けれどもはっきりとした形となって引き出されている。
収められた楽曲の中では、やはり先行シングルの#4「Thank You for the Music」が突出している。ビッグビート的なリズムに乗せて喜びとパワーに満ち溢れた歌が朗々と響き渡るこの曲は圧倒的に優れていて、逆に言うとこの曲にアルバムの焦点が集中し過ぎているきらいはある。曲の中盤からハードなドラムンベースに展開する(ただし、やはり疾走感よりも浮遊感が重視されている感じ)#8「Floating」は確かに格好良いが飛び道具的な曲であり、「Thank You for the Music」以外にこれと言ってハイライトと呼べる曲がない。そのため、するすると聴いているうちに気が付いたらアルバムが終わっている、と言う感じになるのは難点と言えば難点。元々そういう楽曲の造りであり音楽性であるのも確かだが、スムーズ過ぎて明確なフックと言うものに欠けているのがちょっと寂しい。が、これは勿論、それだけアルバム全体の流れや繋ぎが非常に流麗で、それぞれの楽曲が持っている空気にしっかりとした統一感があると言う事の裏返しでもある。涼やかなヴォーカルとたゆたうようなメロディ、ダブ度が前作よりやや高めな音響処理、それに柔らかくも芯の硬そうなリズム隊の組み合わせが絶えず紡ぎ続ける音の心地良さ、耳馴染みの良さはとても魅力的。そうそう、数箇所で聴けるギターソロのフレーズがとても印象的なのも良い。
10曲で57分。つまり#9「春夏秋冬」以外の全ての曲が5分以上ある、と言うランニングタイムは、ポップミュージックの強度と言う見方からは少々疑問だが、反面この緩やかで優しい空気にとっぷりと身を任せられると言う意味では適当だとも思う。暑気払いにぴったりな、涼やかで軽やかで素敵な一枚。何もせずにただ聴いていたい感じ。