東京事変/教育  (ASIN:B0002KP418)

椎名林檎がソロ活動を停止させた後に手練のプレイヤーを引き連れて結成したバンドの1stフルレンスオリジナルアルバム。先行シングルとして発表された#2「群青日和」と#4「遭難」を含む本作は全12曲42分と一曲ごとが短く、なかなかコンパクトに収まっている。するすると聴き進められるのがまず好印象。
古いポップスやシャンソン或いはミュージカルの雰囲気を色濃く残しつつも、どうしようもなく日本的な湿り気がべったりと貼り付いて離れないメロディ。卑猥なまでにメロディに絡み付くように歌うかと思えばさらりとメロディを突き放しながら歌って見せる、非常に演劇的な女性ヴォーカル。金属的でラウドな刺々しさを音像全体に持たせるギター。必要以上に手数が多く、聴き手をも巻き込みながら楽曲全体を前へ前へと急き立てるドラム。グリグリとボトムで動き回りながら、メロディアスなフレーズを差し込んだりバンドサウンド全体のバランスを崩しかねないほどに暴れ回ったりする様が格好良いベース。巧みな音色の選択で楽曲をカラフルに、或いはけばけばしく飾り立てる、良い意味で下品なキーボード。各々に自己主張がかなり強いヴォーカルと楽器隊の音が適度に絡み合いつつ、さほど複雑な構成も無く楽曲が展開されてゆく。メインとなるのはあくまで絶対的な記名性を持つヴォーカルとメロディだし、ヴォーカルをかなり前に出した音造りでもあるが、歌声と楽器の音の噛み合わせはかなり良い。歌ものともバンドサウンド偏重との音も距離を置く優れたバランスだと思う。
先行シングルの二曲がそれぞれ突き抜けたポップネスを持つ名曲だったため、アルバムもかなりポップ寄りかと聴く前は思っていたが、実際に本作と向き合ってみるとそれほどでもない。キャッチーで取っ付きやすいメロディは全編に配されているものの、メロディと声を追いながら聴いていても自然とバンドサウンドに耳が向くような印象を受けた。#1「林檎の唄」の強烈なベースライン、#3「入水願い」と#10「御祭騒ぎ」の祭囃子やサンバのようなビート、#5「クロール」と#8「サービス」のオルガンとピアノなどが特に印象的だが、全編に渡ってリズム隊とキーボードの産み出すグルーヴがヴォーカルと拮抗し、時に凌駕するのが耳に心地良い(ギターは他の音に比べると多少存在感が薄いように思えるが)。そして、バックの音に意識を傾けて聴いていると今度は歌声がまた段々と主張を増してくる、と言う仕組み。なので、繰り返し聴いているとアルバム全体の印象がどんどん良くなってゆく。
前述のシングル二枚やダークで劇的な曲調が非常に好みな英詩曲#7「現実を嗤う」、バラードと言っても良い曲調の#9「駅前」辺りは一発でメロディが耳に残るものの、勢いで押し切る曲や手癖っぽいフレーズが見られる曲もちらほらあり、メロディの質に少々ばらつきが見られるのが難点と言えば難点か。また、多少の暇庇は問題にしない程のエネルギーや意気込みが感じられるのは確かだが、その熱量の高さ故に「群青日和」に感じられた風通しの良さがアルバム全体に行き渡っていない、と言うような印象も受けなくはない。それでも、繰り返して聴くうちにバンドサウンドとヴォーカルの一体感が見えてくる本作は、聴いていてとても楽しい。飛び道具を使わずに勝負に出た力作。



いつも自分で書いていて自分の書き口は散文的な上にくどいと思っているが、今日は輪をかけてひどいな。感想を書くに当たって、ちょっと意地を張り過ぎたか。