Porcupine Tree/Deadwing  (ASIN:B0007TX894)

プログレッシヴロックの思慮深さと叙情性、浮遊感と眩惑に満ちたサイケデリア、自己の内側にゆっくりと埋没してしてゆくニューウェーヴ的で陰鬱な「個」の匂い、アコギやピアノ音を効果的に織り込む事で生み出されるノスタルジックな柔らかさと、非常にタイトかつグルーヴィなリズム隊とヘヴィメタリックなリフが生み出す分厚いヘヴィネス。それらが一つに溶け合って、馴染み深いようでいて誰にも似ていない揺ぎない独自性と創造性を主張する、そんな一枚。イギリスのロックバンド、8枚目のアルバム。
分離が良く、音の鳴りの隅々にまで気を配った音像からはまるで大メジャーバンドであるかのような風格が漂っている。が、その一方で冒頭にいきなり10分使って緊張感と不安定な浮遊感を提示する大曲の#1「Deadwing」を配したり、親しみやすさとどこか人を寄せ付けない硬質で孤高の空気が同居していたり、と一筋縄で行かない奇妙な手触り。だが、基本的にメロディはかなりポップなので、独特の世界観にはスムーズに引き込まれる。
どの曲も完成度は非常に高く、練りに練られているようでいて自然体でもある、と言う絶妙な出来。明快なハードロック調のリフとリズムを持つキャッチーな#2「Shallow」、ピアノの響きと穏やかで優しい歌声が絡む美しい#3「Lazarus」、「Shallow」と同路線ながらよりエキセントリックで、エイドリアン・ブリューが客演したソロもやたらと格好良い#4「Halo」の序盤3曲の繋ぎは流麗だし、アルバムのハイライトであり、暗鬱なメロディが浮遊する冒頭部からゆっくりとスピードを増し、滑らかに希望的な曲調へとシフトしつつやがてヘヴィな曲想が現れる#5「Arriving Somewhere But Not Here」は12分の大曲でありながらそれを全く感じさせない見事な構築力を見せ付ける名曲。その後に続く#6「Mellotron Scratch」は曲名通りにメロトロンの響きとノスタルジックでどこか敬虔な空気が上手く溶け合って極めてイギリス的な雰囲気を醸し出す。変則的でダークなリズムが印象的な#7「Open Car」、トリップホップ的なベースラインに始まって本作中最も切ないサビと劇的かつ良い意味で「プログレ」的な展開を持つ#8「The Start of Something Beautiful」の流れはアルバム終盤をしっかりと演出しているし、本編ラストの#9「Glass Arm Shattering」は柔らかくドリーミーなサイケ感覚が締めに良くハマっている。様々なタイプの表情豊かな楽曲が並ぶが、どの曲にも共通しているのはキーボードがとても効果的に楽曲に暖かさや不穏さ、ミステリアスな不透明感やエレクトロニカ的な空間の広がりを演出している事、それに幾重にもメロディが折り重なるような奥深さとどこまでもポップな歌メロを主軸に据えた解りやすさが両立されている事。入り込みやすく、けれども聴けば聴くほど深い。
Radioheadに端を発するUKロック〜ポストロックの流れを幾分レトロな切り口で再構築しているとも、逆にかつてのプログレッシヴロック〜ポンプロックを最大限に現代化した音像とも、聴きようによってはDream Theater由来のプログレメタルの極めて珍しい亜種とも取れる。非常に多面的な表情を見せる本作ではあるが、冒頭でただ「ロックバンド」と形容したのは多様な要素が不可分に融合した結果として、ブリティッシュロックの正道に近い雰囲気があると感じたから。気品のある憂鬱さ、とでも言うべき英国らしさを色濃く漂わせながら明快でメタリックな鋭さをも兼ね備えた音楽性は、本国や欧州のみならずアメリカでも受け入れられていると言う事にも納得出来る普遍的な魅力が確かにあると思う。傑作。



このバンド、国内盤は殆ど出ておらず、日本語の情報もかなり少ないんだけれども、興味のある方は今売りのユーロロックプレスに載っている結構突っ込んだインタビューと、すごく充実したファンサイトのSteven Wilson JPBOさんを読んでみると良いかと。