犬式/Life is Beatful  (ASIN:B0008JH5Y2)

デタミネーションが何よりもモノを言う類の音楽を日頃から好んで聴く身ではあるが、それにしたってこれほどにタフで、信念が篭っていて、そして自分たちのスタイルに対する揺るぎない自信と不退転の覚悟がくっきりと刻み付けられているアルバムには滅多に出会えない、と思う。Dogggy Styleから犬式へと改名した後に発表した、1stフルアルバム。様々なゲストを起用してより多彩な仕上がりになっているが、中でもSoil&"Pimp"Sessionsの管楽器隊を招いた曲は特に良い。
ダブ、レゲエを軸に据えながら非常に雑多、良い意味で猥雑で混沌とした音楽性は本作でも健在、と言うか更に強まっている。ポエトリーリーディングの#1「『草の葉』第32節」から始まってパンク、スカ、ブルーズにジャズ歌謡、ラテンにヒップホップに民謡、更にはプログレッシヴロックまで触れ幅はじつに大きいが、その全てにはっきりした統一感があるのは、逆説的だが、それらの多彩な音楽的要素を一つにまとめようとせずに雑然としたままで提示しているためだと思う。秩序だったところは感じられないが、全てが渾然一体となって現れるアルバムの流れには、確かに一本筋の通ったところがある。
では、その通った筋とは何かと言えば、それはとても前向きで肯定的な姿勢だと思う。それも、地に足のついていない単なる楽観主義ではなく、ネガティヴなものからも決して目を反らさずに全てを受け容れた上での、底辺からのポジティヴィティ。音の根っこにあるそんな姿勢が、しなやかで強靭な音楽性に見事に反映されているのが何より素晴らしい。圧倒的な生命力(打たれ強さや生き汚さ、繁殖力なんかも含めてのそれ)に満ち溢れた音の一つ一つには、言葉では到底言い尽くせないほどの説得力がある、と思う。闘争と叛逆の音楽と言いながら、他者への不毛な攻撃を撒き散らすのでなく、根底に慈しみがあるのがはっきり感じられるのも、ポップミュージックを紡ぐ態度としてとても好感が持てるところ。
らしくもなく抽象的な話を持ち出してしまったが、そう言った精神性が心に響いてくるのは、当然ながら楽曲自体の出来が素晴らしいから。それにヘヴィでエロくて粘り気たっぷりなのに切れ味鋭いリズムや変幻自在のギターが生み出すバンドサウンドは実に格好良いし、甲高い声質でクセはあるものの実はすごく巧いヴォーカルのインパクトは十分以上で、演奏力や歌唱力の面でも相当な実力の高さが窺える。#3「夜ヲ彩ル朝ニ踊ル」と#8「マリシア恋歌」のまとわり付くようなねっとりとした官能的な夜の空気はあまりに濃密だし、#4「西へやってきた東のバムと西の南にいるホーボーのフリーキィなチャント」のスカのリズムと忙しなくてやたらごちゃごちゃした雰囲気にはクセになるような心地良さがある。シングル曲である#2「月桃ディスコ」と#5「太陽の女」(シングル収録のバージョンは「疑いようのない太陽の女」)がそれぞれよりレゲエ寄りにアレンジし直されていて、ユルくて最高に気持ち良いグルーヴを出しているのも良いが、アルバムのハイライトは何といっても中盤。三拍子のリズムに乗って揺らぐギターの音と民謡風のメロディ、それに叙情的な歌詞が紡がれるのが喩えようもないほど美しい#6「一番星狂う」、Soil&"Pimp"Sessionsのホーンズとラテン風の熱い哀愁溢れるリズムに導かれて「人生はまるで夢ではなく 人生はまさに夢そのもの」とのメッセージを伝える#7「Life is Beatful」、レゲエの信念と都市生活者の切なさが交錯する歌詞がポエトリーリーディングとラップの中間のようなスタイルで切々と語られるファンキーな#8「真冬のラスタファリズム」の流れは本当に素晴らしくて、聴く度に打ちのめされる。
#11「波浪々」のデイヴ・ギルモアばりの泣きのギターソロがこれまた非常に美しく、締めとしてはこれ以上ないほどの曲なのに、ボーナストラックとしてゲストヴォーカルがメインを取ってバンドはバックに徹する#12「ラスタウーマン」は蛇足でそれだけは残念だったが、それ以外は本当に言う事が無い。安易に使われ過ぎるために使うのに少々躊躇いを覚える言葉だが、篭められた音と言葉の一つ一つが聴き手の心にずっしりと残る本作は正しく「リアル」なロックアルバム。大傑作。これからずっと聴いて行く事になると思う。