New Order/Waiting For The Siren's Call  (ASIN:B0007INYFS)

いわゆるロック正史の中心にあって信仰を集め、最も音楽に音楽以上の意味を求められるバンドの一つ。と言うのがNew Orderに対する自分の認識で、音源は一通り聴いてはいるものの全くの後追いだし、リアルタイムで新譜を聴くのも初めて。と、そう言った塩梅だったので少々構えつつ本作で向かい合ったんだけれども、思い切り肩透かしを食った。びっくりするほど衒いが無く、前作「Get Ready」のような気負ったところも無く、目新しい仕掛けも無ければも裏表も無く、音の手触りとしてはそれこそ80年代のアルバムと比べて大差が無い。尖った部分が全く感じられない……と言うか尖った部分を丹念に研いで滑らかにしたような印象が強く、ただただキラキラしたシンセの絶妙な抜き差しによる手堅い曲作りの妙と、軽やかなビートと、湿り気をたっぷり含みながらも爽やかで前向きな意志を感じるメロディと、押しは弱いが優しく繊細なヴォーカルが耳に残る一枚だった。否定的な意味合いで言っているのではない。つまるところ、これは今までのあれこれを一切合財すっ飛ばしても何の問題もなく誰もが聴ける、ポップの粋を尽くしたアルバムだと言う事なのだと思う。
単純に優れた曲がずらりと並んでいる。#1「Who's Joe」はごく柔らかく始まって自然に聴き手をアルバムの世界に誘う優れたオープニングだし、比較的ハードなギターサウンドが配された#2「Hey Now What You Doing」はアコギやエレキギターとシンプルなビートのコンビネーションが心地良く、優しくて少し切ないメロディがすっと耳に入り込む#3「Waiting For The Siren's Call」やシングルにもなった#4「Krafty」は抜群のキャッチーさを持つ。#5「I Told You So」の裏打ちのリズムと#6「Morning Night and Day」の駆け上がってゆくような解放感があるサビには少々の抑制をスパイスにした高揚があるし、個人的に一番気に入った#7「Dracula's Catsle」はメランコリックなメロディと言い過不足のない音の入れ方と言いこれ以上ないくらいに完成された曲だと思うし、そこからちょっと能天気な#8「Jetstream」、更に再びどこかミステリアスで俯き加減なメロディとダンスビートが展開される#9「Guilt Is a Useless Emotion」へと繋ぐ後半の流れもとてもスムーズ。物憂げなギターの音色と歌声に始まってサビでは穏やかに希望を語るようなメロディが奏でられる#10「Turn」は感動的だし、アルバムのラスト、#11「Working Overtime」でいきなりラフにギターをかき鳴らし始めるのもいい。結局全ての曲について書いてしまったけれども、本作は実際どの曲も当たりはずれと言うものが殆ど無く、ごく素直で品の良いポップソングが11曲そのまま提示されていると言った印象を受ける。ポジティヴになり切れないながらも希望をしっかり携えたような曲調が多い事から、個人的には朝焼けのイメージを喚起するアルバムだと感じるが、実際のところは聴く場所や時間を一切選ばない。
いつでもどこででも、ただ聴けば良い。そうすれば、必ず何かが耳や心に残る。そんな本作は、ポップミュージックの一つの完成形、楽曲の普遍的な良さを何らけれん味なく聴かせる傑作だと思う。後追いもいいところで、かつての彼らの不完全さに対してこれと言って思い入れも無い身としては、本作は最も長く穏やかに付き合える一枚なのではないかとさえ感じた。
長い歴史を持つバンドの作品には、これから新たに手を出す事を躊躇わせる部分が大なり小なりあるが、このアルバムは今更聴き始めるのに抵抗を覚えると言う人や全く初めて聴くと言う人にこそ響く部分があると思う。お勧め。