あらかじめ決められた恋人たちへ/ブレ  (ASIN:B0007INYPI)

池永正二のソロユニット、2ndアルバム。と言っても(例によって)1stは未聴。たまたま試聴機にあったものを聴いてみたら大層自分の好みな感じで、なおかつ普段あまり聴かない種類の音楽だったのでそのまま買ってしまった。
全編インストで、テクノやエレクトロニカ系統の不自然に歪んだ細かいビートと電子音、ダブの深い揺らぎと緩やかなリズム、目の粗いセピア色の映像を思わせる優しげなノイズ。そして、それらの上にピアニカが奏でる雄弁なメロディが乗る、と言う音楽。打ち込みメインの音楽については門外漢もいいところなので良し悪しは解らないが、意図的にそうしたのかとも思えるややチープな音作りは、ピアニカの音色や全体を包む輪郭がぼやけた淡い空気とあいまって、何とも郷愁を誘う。とても映像的な音で、初めて聴いたのにどこか懐かしく、古い記憶や馴染み深い光景を思い起こさせるような力を持っている。
インスト、とは言っても手触りは歌ものにかなり近い。非常に明確なフックのある泣きを含んだメロディとそれを奏でるピアニカの音色に、人間の声に劣らないくらいの温かみと歌心があるために、歌ものに近いと感じるのだと思う。奇妙なユニット名やジャケットから窺えるような、私小説的で淡々とした居佇まいやひねくれて近寄りがたい雰囲気はごく希薄で、全体としてはむしろ解り易すぎるくらいに叙情的だし、劇的と言って良いほどに曲が転調して見せもする。聴きやすさ、解りやすさのための手間暇を惜しんでいない、キャッチーさを重視した曲作りがとても好印象。
朴訥で、優美で、純粋で、淫靡で、下世話で、優しくて哀しげで、つまるところとても切ないメロディとピアニカの音色に耳を委ねていると、それらを支えるリズムに丁寧に織り込まれた細やかな音や微かなノイズもまた広がってゆく。そして、全ての音が一つに融け合わさって、物悲しくも柔らかい空気が現れる。一曲一曲それぞれに少しずつ異なる表情があり、#1「洪水」、#4「迷いの灯」、#8「20分の雨」と端的ながら想像を掻き立てられる曲名が与えられている事、全体としての流れが良く考えられている事で、まるで丁寧で品の良い短編小説でも読んでいるかのような印象を与えてくれる一枚(実際、曲名を織り込んで書かれたちょっとした掌編がスリーブに収められている)。どの曲もそれぞれに良いんだけれども、最もレゲエ/ダブの色合いが濃く、哀感が漂うメロディのインパクトも大きい#2「ハンドル」、三拍子のリズムとやり過ぎではと思えるくらいドラマティックな曲調が自分の好みに思い切り合っている#8「20分の雨」が特に良い感じ。
押しの強さやスノッブ臭も感じないのでするりとアルバムの世界観に入ってゆけるし、何となくぼんやり流しながら聴いていても、一つ一つ丁寧に編まれた音を拾いながらじっくり聴いていても心地良い。先鋭的な部分を持ちつつもそれに頼る必要のない、誰にでも受け容れられ得る魅力を持つアルバムだと思う。お勧め。すごく気に入った。