肉と懺悔

そこそこの値段でなかなか美味しい肉が食える鉄板焼き屋に、昼の定食を食べに行った時の話。
店に入ってカウンターの右端の席に座ると、すぐに店員が注文を取りにやって来た。塩焼きホルモン定食を頼み、出されたお冷を取って一口飲む……と、カウンターの上におしぼりと割り箸が二組置かれている事に気が付いた。どうも、元々おしぼりと割り箸はそれぞれの椅子に一組ずつ置かれているのに、店員が間違えてお冷と一緒に持って来てしまったらしい。そのままだと邪魔になるので、自分から遠い方(俺の左側に二組並べて置かれていたので、そのうちより左側にあったもの)のおしぼりと割り箸を右側、つまり壁側に置き直した。そして、iPodを取り出し、適当に流し聴きしながら定食が来るのを待つ。
しばらくすると、新しい客が俺の隣の席に座った。白いウィンドブレーカーにジャージの下、と言った出で立ちに五分刈りの頭、妙に威圧的な雰囲気を持つ三十絡みの男。こういうのが隣にいると飯が美味く食えなさそうな感じだ、と思いながらも表向きは素知らぬ顔でキュウリの浅漬けをつついていると、どうも隣から強い視線を感じる。顔を動かさずに視線を少し左にずらして視界の端で隣の男の様子を窺うと、何故か彼は俺を凝視しているのだった。しかも、どうやらあんまり機嫌良くなさそうな顔で。ちょっと怖い。
何故そんなに何の落ち度もない俺を睨むのか。そんなに睨まれたら折角の塩焼きホルモン定食が美味しく食べられないではないか。との抗議の意思を篭め、俺は背筋を伸ばし毅然とした態度で、「ぼくは音楽に意識が奪われているのであなたの視線に気付いていませんよ」とアピールするためにイヤフォンのずれを直す振りをした。しかし、隣の男がこちらを向いている気配に変化は無い。かなり怖い。
しばらく経って、どうも男は俺自身に見ている訳ではないらしい事に気付いた。視線が、俺からは微妙にずれている感じ。なので、彼の視線を追って(勿論、気付かれるとまずいので目線だけを動かして)みると、視線の先にはさっき俺が移動させたおしぼりと割り箸があった。そして、彼の手元におしぼりと割り箸は無かった。
時ここに至ってやっと俺は気が付いたんだけれども、店員が間違えて持って来たと俺が思い込んでいた二組目のおしぼりと割り箸は、その実俺の一つ隣の座席に元から置かれていたものなのだった。
……。
落ち度はきっぱりと俺にあった。視線が痛い。どうしようもなく痛い。
しかし、気付いたところで今更「あ、この割り箸そちらさんのでしたね、どうもすいません」と言うのはかえって白々しい、と言うか何だか怖くて出来ない。かと言ってこの状態で何かしら身体を動かそうとすると、視線を意識しまいとする余り異様に不自然かつ不審な挙動になるのは目に見えているので、内心脂汗をかきながらイヤフォンから流れてくる素敵音楽に心を奪われている振りを続けざるを得ず、塩焼きホルモン定食が運ばれてきてからは定食に没頭していて周囲に意識が全く向いていない振りをせざるを得なかった。
隣の男の分の定食(と、今度は本当に店員が持ってきた割り箸)が来るまで、そんな苦しい緊張状態が続いた。おかげで塩焼きホルモン定食が美味しく食べられず、俺は食べ終わってから徒労感を覚えつつ悄然と750円を払って店を出たのだった。
この場を借りて、心より懺悔したいと思う。
折角頼んだ塩焼きホルモン定食、美味しく食べてやれなくて悪かった。マジでごめん。