Patton/Kaada/Romances  (ASIN:B00068C81K)

元Faith No More、今は種々のリーダーバンドやプロジェクト、他アーティストとの競演でひたすらに我が道を往きつつIpecac Recordを主宰する変態ボイスパフォーマーマイク・パットンと映画音楽を手がけたりもするノルウェーの音楽家、カーダのコラボレーションアルバム。素晴らしいアルバムなんだけれども、あまりに独自性が強い音楽のために、どのように説明していいものか、どうやって喩えれば伝わりやすいのか解らないので非常に困る。
アメリカやイタリアの古い映画音楽を思わせるような、どこまでもムーディで暗く深い空気。ギター、ピアノやチェンバロアコーディオン(バンドネオン? 俺はこの二つの楽器の違いがよく解らない)、種々の弦楽器、ビブラフォン、ハーモニカ、トランペット、テルミン、ノコギリ、それにベースとドラム。そう言った様々な楽器が奏でる音が、ローファイでうっすらと埃がかったような雰囲気を醸し出している。極端にアナログな音だが、その実サンプリングを駆使しつつ膨大な音源の解体・再構築を重ねに重ねて作り出されているようで、殆どの音は生の演奏なのかサンプリングなのか聴いていても解らない。それほどに精緻を極める音の上に、マイク・パットンの一聴してそれと解る唯一無二のヴォーカルが乗る事で、他に無い世界が作り出されている。オペラチックに堂々と歌い上げる箇所もあれば、もう殆ど声でなく「音」のような怪音波を叩き付けるところもあり、また女性としか思えないような艶っぽいファルセットで歌っているところもあり、とやりたい放題(実は、声に関してもどこまでがパットンのものでどこからがサンプリングなのか判断し辛い所がある)。時には悲壮で、時には甘やかで、時には神々しいまでに荘厳で、狂気に犯されたようにエキセントリック。聴き手を突き放すかのように何を考えているのか全然解らないのに、途方も無くエモーショナルなこの人の声はやはり凄い。ブレスにまで爆発的な力が篭っているような、圧倒的な迫力が感じられる。
タイトル通りロマンスについて描かれたアルバムのようで、濃密なロマンティシズム、或いはエロティシズムが充満しているんだけれども、両者が作る音はどこか真っ当でない。空間がぐにゃりと歪むような不自然さ、不穏当な空気もまた音像の中で渦を巻いていて、それがすごく格好良く、また不気味でもある。暗い黄土色の海の中をクラゲが浮遊している、と言う美しいけれども違和感の塊のようなジャケットのアートワークが、どこかネジの外れた異常な愛情がべったりと塗り篭められたこのアルバムの空気を絶妙に表している、と思う。
いわゆるポップミュージックとしてのキャッチーさは希薄だが、とにかく聴いていてその完全過ぎる世界観には圧倒されるし、パットンが歌うメロディそのものは耳残りが良く、それこそ名画のサウンドトラックのようなインパクトを持っているので音世界に入って行きやすくはある。そして、一度入り込むと容易に全貌は把握出来ない程深く広いサウンドスケープにズブズブと引き込まれてゆく。パットンとカーダのどちらの持ち味も最大限に発揮され、なおかつ相乗効果もこれ以上無く生まれているのだろうと言うのがはっきりと解る、傑作。極度にオーガニックなエレクトロニカ、のような雰囲気を持ってもいるので、そちら方面の音が好きな方も気に入るのではないか、と思う。