Syrup16g/Mouth To Mouse (ASIN:B0001DD0YO)

メジャーデビュー後に発表した三枚のアルバム、「Coup d'Etat」「Delayed」「Hell-See」と大枠では変わらないものの細かい変化は多い。
14曲中既発曲が6曲あると言う事もあってか、本作はアルバムとしての統一感をあまり重視していないように感じる。収められた楽曲の曲調に多少のバラつきがあり、纏まりに欠ける印象を聴き手に与えかねない反面、「Hell-See」では時に息苦しくすらあったアルバム全体を覆う重苦しい統一感、刺々しく空疎な空気が希薄(「Hell-See」までの三枚のアルバムジャケが単色だったのに比して、今作は多色を使ったデザインになっているのと呼応しているようにも感じられる)なために、聴きやすく耳馴染みが良い仕上がりになったように感じる。また、これまで基本的にバンドサウンドのみのアレンジで勝負していたが、そこから一歩踏み出して打ち込みやバンドサウンド以外の楽器の音を幾分導入しており、全体的に多彩な印象になった。特に、打ち込みが実に効果的で格好良い#2「リアル」は、曲自体の出来が優れている事もあって、本作中のハイライトとなっている。
アルバムが持つ雰囲気、楽曲のアレンジは上のように多少カラフルでポップな方向へマイナーチェンジがなされているが、メロディと歌詞の方はむしろシンプルになったように思える。あまり派手に動いたり高揚感のあるサビを導いたりはしないがじわじわと耳に染みこんで来るメロディと、優しさと脱力感に包まれて幾分柔らかくなった言葉遣いは、お互いが簡素になった分だけ結びつきが更に強くなり、メロディと同時に言葉がごく自然に耳に流れ込んでくる。#3「うお座」#6「Mouth To Mouse」#13「ハミングバード」のような一聴して地味な曲において殊にそれが顕著で、言葉とメロディがほとんど同化して聞こえてくる様はすごく心地良い。一方で、#1「実弾」や#9「変態」(「手首」のギターフレーズを流用している事に何か意味があるんだろうか)や#12「メリモ」のように、「Coup d'Etat」辺りを思い起こさせる毒々しいユーモアを歌詞に仕込んだ攻撃的でノイジーな曲もしっかりとした存在感を放っているのは流石。ただ、このタイプの曲も以前ほどの刺々しさはさほど感じられず、随分と聴きやすい仕上がりになっているように思える。
と言う訳で、本作は今までのアルバムと比べるとやや地味で「普通」、つまり一聴しただけで「特別」だと思わせるような何か(尖り具合とか摩擦の強さとか、そういうの)を意識的に抑えたような手触りだと感じた。ただし、勿論それは脆弱になったと言う意味ではない。アルバムを貫くコンセプチュアルな雰囲気作りや余りに鋭く実も蓋もない言葉の羅列を前面に押し出す事なく、ポップで聴きやすいアルバムを作る事で、伝えたい事をより多くの人にストレートに伝えようとしているように思うし、そういう意味で本作は今までのアルバムと同等以上に攻撃的だとも思う。歌詞の根っこに変わらず存在する諦観、言葉がより効果的に聴き手を撃ち抜くような手段を選択した結果だと思えるこの柔らかさ。そして、その柔らかさに包まれて放たれる#10「夢」の相変わらずの酷さ。シンプルで魅力的なメロディには聴けば聴くほど旨味が出て来る中毒性があり、聴く度に言葉はイヤでも耳や身体に浸透してゆく。何とも甘やかでブルータルな、傑作ロックアルバム。


6月6日のイムズホール公演に行く予定。そういやイムズホールって行った事ないな。シロップを観るのはDelayedツアー以来だから一年半振りくらい。