ゆらゆら帝国/Sweet Spot  (ASIN:B00092QTFY)

ゆらゆら帝国とは今まであまり縁がなかった。アルバムを数枚聴いたが、伝え聞くイメージから想像していたカルトでアングラな音像よりも随分とストレートなロックンロールだったりポップで歌謡曲めいたところが多かったし、似た種類の音を出しながらよりヘヴィメタリックなDMBQの方に惹かれていたと言うのもあって、このバンドは自分の好みとは微妙に外れた音楽と言う認識に留まっていた。が、ジャケのあまりの格好良さに惹かれてつい店先で手に取って買って来てしまった本作、腰を据えて聴いてみればこれがめちゃめちゃ自分のツボに来る音楽だったので驚いた。ルーズでダルで衝動的な雰囲気が支配的だった今までのアルバムと少々趣が異なり、本作は一つ一つの音がこれ以上ないくらい研ぎ澄まされていて、ぞっとするほど醒めていてソリッドで抑制された冷たさ、凄みが宿っていると感じる。
#1「2005年世界旅行」、#2「ザ・コミュニケーション」、#3「ロボットでした」の冒頭3曲が、テンポは速くないながらもインパクトは余りに強烈。時に怪しく揺らめいたり時に一つのリフを鳴らし続けて時間感覚を狂わせるギターと、どこまでも一定のリズムを儀式か何かのように抑制されたトーンで刻み続けるリズム隊が支える鉄壁のバンドアンサンブルが作り出す空間は、音と音との隙間をかなり多く取った音像にも拘らず異様に濃密。一見淡白にも聴こえるリズムは、その実聴き手をずるずると音世界に引き込んで離さない呪術的なうねりに満ち満ちている。序盤のこの3曲はいずれもヤバい仕上がりだが、殊に曲の中盤で何の脈絡も無くメロトロン(に似た音)を使った不協和音の嵐と意味不明の呻き声が現れる#3「ロボットでした」は聴いていて寒気が走るほどの出来。
その3曲に続く#4「急所」はガレージパンク的なスピード感のある真っ当に格好良い曲だが、序盤のあまりに異様な楽曲を聴かされた後ではその真っ当さのせいで逆に違和感を覚えてしまう。また、この曲にせよ同路線の速くて鋭いロックンロールである#6「はて人間は?」と#7「貫通前」にせよ、一音一音がえらく硬質で引き締まっているのでラウドな印象は無く、代わりに鍛え抜いた刃のような切れ味の良さが思い切り前面に出ているのが何とも格好良い。で、これら比較的普通の曲に挟まれている#5「タコ物語」はねちねちと捻れたギターとリズム、自らをタコに喩えて「僕の繊細な吸盤で君の真珠貝を撫でたい」などと言い募る歌詞の組み合わせが絶妙すぎて、薄気味悪いんだけれどもハマると何度も聴きたくなる、と言う極まってエキセントリックな名曲で、この曲が本作の不穏で歪んでフリーキィな空気を決定付けていると思う。タイトルトラックの#8「スイートスポット」は日本的ながらどこか乾いた情感のあるメロディとしっとりしたピアノとの絡みが美しく、その後には体育館の床をハンマーで殴っているかのような無法にヘヴィなバスドラの音に思わずたじろぐ畸形の四つ打ちナンバーで個人的には最も格好良いと感じる#9「ソフトに死んでいる」が続き、ダウナーで寂寥感に満ちたアシッドなブルーズ、#10「宇宙人の引越し」でアルバムは締め括られる。10曲47分と言うのはまあまあコンパクトな作りだが、それだけに聴き終わってもまた再生ボタンに手が伸びてしまう、と言う中毒性の極めて高い仕上がり。
日本語の響きとリズムを大事にして編まれ、深遠なようでいてただの言葉遊びのようでもある歌詞は、異形のバンドサウンドとさほどキャッチーでもないのに妙に耳に張り付くメロディに乗って、慣れ親しんだ言葉なのにどこか全く別の言語のようにも聴こえる。どこまでもモノトーンで色彩感覚に乏しく、けれども聴き手の頭をじわじわと侵食してゆく暗黒サイケ感覚は、まるで直接脳髄に指を突っ込まれてゆっくり攪拌されているようでもある。そんな極めてディープかつどろどろとした空気を見事に封入した音像の構築、バンドアンサンブルの強靭さ、隙の無いアルバム構成(全体の流れがすごくいい)、簡素な演奏と歌に篭められた異様なエネルギー、そしてアルバムのイメージを的確に伝えるアートワークまで含めて、何から何までががっちりと噛み合った大傑作。素晴らしい。


日本語で全編歌っていると言う事もあってどうしようもなく邦楽的と言うか日本的なアルバムだが、それと同時に極まってディープでモノクロームな手触りはもう行き着くところまで行ってしまった暗黒系・虚脱系プログレとも共振する何かがある、と感じた(またそれか、とか言わないでくださいお願い)。なので、そっち側の奴が好きな方にも、是非このアルバムは聴いてみて欲しいと思う。