Isis/Panopticon (ASIN:B0002Z83KC)

引きずるヘヴィネスを牽引する歪んで濁ったリフ、幾重にも幾重にも積み重ねられる反復が時間感覚を麻痺させながら喚起する酩酊感、深く残響してゆくクリーントーンのギターフレーズ、濁声が吐き出す切実な叫び、祈るような厳粛なメロディ。曲の形式や纏っている雰囲気はアンダーグラウンドの先鋭的でスピリチュアルなハードコア、に近いものがあるのだろうが、最終的にアウトプットされる音は存外に真っ当。メロディが比較的聴きやすく、反復を武器にする形式を取っているとは言え劇的な曲展開も持っている。地下臭はそれほど濃密でなく、ある意味では解りやすい造り。
ドロドロと渦巻くスラッジなリフや重心が強烈に低いリズム隊の出音には暗鬱な雰囲気もあるものの、音像の印象をより強く決定付けるのは透明感のあるクリーントーンのギターと、それからフィードバックノイズ、それに被さるキーボードの深遠に揺らめく音遣いだと思う。響き渡ってゆくフィードバックノイズは聴いているとそのまま魂を抜かれそうなくらい美しく、描き出す音光景は広大。上空から都市を見下ろす青基調のアートワークがそのまま音を表していて、歪んだヘヴィネスが叩き出す重低音、ノイズが押し広げる奥行きのバランスが非常に良く、音世界への入りやすさと一度入り込んだら戻って来れない度合いはかなり高い。可聴領域を埋め尽くす音が意識の深化と拡張を促す、と言う意味では轟音ノイズを武器にする一連のポストロックバンド群に通ずるものを感じるが、それらのバンドに希薄なリズムの肉体性が強く押し出されているところが本作のポイントであり、ハードコアの出自がはっきり見えるところであり、魅力だと思う。低音部に強靭に歪んだ音が常にある、と言うのがそのまま高音部のフィードバックノイズの美しさも強調していて、そして濁音清音のバランス配分を微妙にシフトさせてゆく事でダイナミズムが形成されてゆく感じ。音の鳴りだけに頼るわけでもなく、ちゃんと美しくも哀しいフレーズが全体に配されているのも好印象で、#1「So Did We」ラストの狂おしいメロディや、#3「In Fiction」の中間部で現れる極めて叙情的な歌、#6「Altered Course」のノイズの洪水は何とも印象的。
ただ、きっちりメロディを追うところでは追いつつも基本的には野太い声で咆哮するヴォーカルの声質と発声が、楽器隊が紡ぎ出す音に宿る美しさと比して少々釣り合っていないように感じられるのが物足りない。何と言うか、インストゥルメンタルには欧州的な小昏さ、薄闇や濃霧がかかった向こう側から漏れ聴こえてくるようなある種幽玄な優美さがあるが、ヴォーカルにはそういう美意識が欠けているように思えて、その辺りのアンバランスさが勿体無い気がする。だが、そのヴォーカルもリズム隊同様にこのバンドに肉体性と生々しさを与えていて、現実逃避の音楽にならないように働いているので一長一短と言ったところだと感じた。
シリアスにそして誠実にヘヴィネスの次の段階を目指していると言う印象を受ける。音圧自体は極端には高くないものの、聴き手を惹き付けて音の渦に飲み込んでしまう求心力の高さ、音像の美しさは相当なもの。展開される光景は広く、雄大で、けれども深く深く沈んでゆく哀切がべったりと一音一音に張り付いている。非常に中毒度が高い。お勧め。