何も招かない

帰り道の電車に、発車直前に駆け込んだ。22時前だったがまだまだ人は多く、当然座席は埋まっていて、立って乗っている人もかなり多い。俺はその中に混ざって立ち止まり、バッグから本を取り出してそれに目を落とし、そのままで空いている手を吊り革に伸ばした。……伸ばしたが、手が巧く吊り革を掴めない。(面倒だったので)本から目を外さないまま3〜4度その動作を繰り返したが、やはり掴めなかったので、仕方なく視線を上げて目で位置を確認してから吊り革を持った。一息ついて、また手元の本を読み始める。
しばらくして、吊り革を探して空振りする手の動きが招き猫そのままだと言う事に気が付いた。気恥ずかしくなったのでその場から可及的速やかに離れたくなったが、降りる駅はまだ先だし俺の周りには人が多すぎて移動もままならない。隣のサラリーマンがさっきの自分の間抜けな動作を見ていた気がしてきた。逃げ出したい。


ところで、電車の中で読む本として陽気牌(色素薄め、体温低めなのにえらく生々しくてエロいマンガを描く人)の単行本ってのは大丈夫なんだろうか。ボーダーラインギリギリで大丈夫だと思っていたが、実はギリギリで(または反論の余地無く)駄目なのかも知れない。そう思うと、隣のサラリーマンは俺の動作ではなく俺の手にあったマンガを見ていたような気がしてきた。それはそれで逃げ出したい。