屋上とつじあやの

年の瀬らしく澄んだ空の色、乾いた空気。今朝、家を出たとき感じていた程には、寒くなってはいない。そういう昼休み。
先輩はよくこの時間に屋上でウクレレの練習をしている、という事を俺は少し前から知っていて、だから俺は戦場のような学食から何とか勝ち取ってきたカツサンドを右手にぶら下げて屋上へ向かう階段を上っていった。錆びかけた鉄製のドアの向こうから微かに聞こえてくる細い歌声。ぽろりぽろり、とウクレレの音色。それを聞きながら、ぎしりと音を立てて重いドアを開ける。
そこには思っていた通りの光景があった。良く晴れた空の下、アマチュア無線部が随分前からそこに放置している長椅子に座って、先輩はウクレレを爪弾きながら歌っている。先輩は何かに入り込むと周りの事が見えにくくなる人で、掛けている眼鏡が少しずれてしまっている事にも、俺がドアを開けて屋上に出て来たのにも気付いていない。しばらくは歌い続けているだろうから、その歌を聴かせて貰おう、とフェンスに寄りかかったのとほとんど同時に、先輩は歌を止めて俺のほうに振り向いた。少し驚いた表情を見せながらずれた眼鏡を左手で直し、こんにちわと軽く頭を下げて挨拶してくれる。年、俺の方が下なんだけど、と思いつつ、その律儀さが嬉しい。同じように挨拶をして頭を下げ、フェンスにもたれたまま腰を下ろした。
「いつからいたんです? もう、いるならいるってちゃんと教えてくれたらいいのに」
「今来たばかりっすよ。晴れてるから、ここで昼飯食おうと思って」
「あ、そうなんですか。それはごめんなさい、練習してる間はいつも周りに注意が向かなくて。でも、わたしはもうお弁当食べちゃってますから、一緒には食べてあげられませんよ」
「いやいや、一人で食うんで。そのまま練習しててくださいよ、聴かせて貰いますから」
「それって、なんだか恥ずかしいんですけど……」
と言いながら、先輩は脇に置いてあった大きな弁当箱をさりげなく自分の後ろに隠して、俺から見えないようにした。小柄な身体に反して先輩はかなりの健啖家で、しかもそれをとても気にしているのだ。その仕草を見て、別に隠さなくても良いのにと俺はちょっと笑う。先輩は、俺を軽く睨む。俺は、取り出したカツサンドを掲げてみせた。
「要ります?」
「……要りません」
先輩はぷい、と顔を背けて、その提案に一瞬心が惹かれたのを誤魔化すようにウクレレを持ち直し、再びぽろぽろと爪弾き始めた。その柔らかい音に、やがて先輩の優しい歌声が重なる。空を見上げる。カツサンド、やっぱり一切れは先輩のために残しておいた方が良いだろうか。俺のすぐ下、4階の教室から一年生達の騒がしくも幸せそうな笑い声が聞こえる。二度、ウクレレは弾き違えられた。
一曲歌い終わった先輩に、それは誰の何と言う曲か聴いてみる。
「これは、わたしのオリジナルなんです。二つ目に作った曲なんですよ」
「自分で作ったんですか、凄いな。今の、綺麗で優しい曲だと思いますよ。言われてみれば確かに、すごく先輩っぽいって言うか、先輩の曲だって感じがする」
「……」
その時の先輩の恥ずかしそうな、けれども誇らしげな笑顔を、俺はずっと覚えていようと思った。
そういう昼休み。



……。
ええと、こんなもんでどうでしょう。
えらくあっさり書けてしまった。メガネで先輩で健啖ってのが何か別のものと被ってしまうが、そこら辺妄想はやったモン勝ちって事でご容赦を。
これについての詳細はやさぐれ日記暫定版さんでどうぞ。